解説詳細

BHD症候群の診断後のフォローアップ

1. 肺病変(囊胞や気胸)を契機に診断されたBHD症候群の患者さんの特徴

私達のグループは気胸や肺嚢胞を契機にBHDSを疑い、遺伝子検査でBHDSの診断を確定した方が200名以上います。これらの患者さんの臨床的特徴を調べてみると、約70%の方が肺しか病変がなく、皮膚や腎臓には異常を認めていませんでした。肺以外に皮膚にも病変を認めたヒトは約24%,肺と腎腫瘍を合併したヒトはわずか4%程度でした。従って、気胸を契機にBHDSと診断された方のほとんどは肺以外に問題はなく、ひとたび気胸が直れば、定期的に病院に通院する必要がなくなります。

しかし、診断後の経過中に、皮膚に線維毛包腫が生じたり、腎腫瘍が生じたりする可能性があります。特に腎腫瘍は悪性腫瘍も生じる可能性がありますので、以下の#2、#3の説明をよく理解して、ご自身の適切な健康管理に取り組んでください。でも、心配しすぎないでください。私達が診断している患者さんの親やその前の世代のご家族の方についてどのような病気が発生したのか、よく聞き取り調査をしてみますが、腎癌やその他の病気により短命で人生を終えた方はほとんどいませんでした。気胸を契機にBHDSと診断された方達の特徴は、何度も気胸を起こし、その度に入院してドレーンを挿入される、あるいは手術をうける、仕事も休まねばならない、などの身体的・精神的苦痛をうけることが多いですが、生命予後の悪い病気ではないようです。

BHDSの研究はまだ始まったばかりです。BHD症候群の病像や予後についてはこれからの大切な研究課題であり、今後、より詳細にわかってくることと思います。

2. BHD症候群に認める病変は好発年齢があります。

気胸は、20歳代から40歳代にかけて起こることが多いです。顔や頸部・上半身の線維毛包腫は、25歳以降に生じます。腎腫瘍は早い方では30歳代でも生じる方がいますが、多くは40歳以降に発生します。BHD症候群のすべての患者さんに、肺・皮膚・腎臓の病気が起こるわけではありません。理論的には、BHD症候群の方でも、まったく肺・皮膚・腎臓に病気を生じない方がありえます。

一般に、BHD症候群の患者さんは、呼吸器内科・呼吸器外科、皮膚科、泌尿器科のどれかを受診することになります。上記のように病変の好発年齢が異なりますので、呼吸器領域の病気を契機としてBHD症候群と診断された患者さん達、線維毛包腫を契機に診断された患者さん達、腎腫瘍を契機に診断された患者さん達、の3グループでは、BHD症候群の病像(気胸や嚢胞の有無、皮膚病変の有無、そして腎病変の有無の組み合わせ)は当然異なってくると思います。

3. 定期的に健診をうけ、健康管理に努めましょう

BHD症候群は「病気というより個性」のようなものです。診断された後は、自分が気胸や腫瘍を合併しやすい体質であることを理解し、その後の定期的な健康管理に務めることです。あまり心配しすぎず、しかし、軽く見過ぎないで、ご自身の健康管理に取り組む姿勢が大切です。日本では、ご自身の健康管理を意識して毎年人間ドックを受けている方がたくさんいます。毎年人間ドックを受けていれば、腎腫瘍に限らず、それ以外の年齢に応じた病気の早期発見にもつながります。#2の病変の好発年齢を参照し、自らすすんで定期健診を受けるようにしましょう。以下に、その大まかな目安を示します。

3-1.肺について

気胸の治療直後は、担当医の指示に従って通院しましょう。しかし、一定期間、気胸再発がなければ、その後は定期的に病院に通院する必要はなくなります。会社での健診、自治体での健診、等を利用して、BHD症候群ではない一般集団の方達と同じ健診頻度で健診を受ければよいでしょう。しかし、気胸の再発を疑うような症状がある場合には、その都度、受診が必要です。

3-2.皮膚病変について

BHD症候群にみられる線維性毛包腫や毛盤腫は25歳以降に出現し、徐々に増加します。いずれも2 – 4 mmの白色〜黄白色の小丘疹で、上半身、特に顔と首に出現します。悪性化することはありませんので、経過観察が主となります。ただし,一見赤みのないにきびと誤診されたり、見過ごされていることが多いので、BHD症候群を疑われた場合は皮膚生検を受けることが重要です。急激に増加したり,増大した場合には皮膚科での診察を受けることが必要です。

3-3.腎病変について

欧米の研究成果から、「BHD症候群の患者さんは、BHD症候群ではない一般集団の方達にくらべて腎腫瘍を合併するリスクは7倍」、と言われています。また、「40歳以降に腎腫瘍を合併する頻度が高くなる」、とされています。40歳以降は毎年人間ドックを受けて、腹部超音波検査や必要に応じてMRI等の検査により早期発見に務めることが大切です。一般的な人間ドックには、通常、腹部超音波検査が含まれています。

3-4.その他について

大腸癌、脂肪腫、唾液腺腫瘍、血液腫瘍などを合併した症例報告があります。しかし、これらがBHD症候群ではない一般集団の方達に比べて、BHD症候群の患者さんに有意に多いかどうか、わかっていません。多くは、偶然の合併かもしれません。年齢相応の病気を予防あるいは早期発見するには健診が有用ですので、健診をうけて健康管理に努めましょう。

4. BHD症候群の診断後に、妊娠・出産を考えるご夫婦へ

ヒトの体の細胞には23対、計46本の染色体があり、全部で約22,000個の遺伝子が含まれています。1対の染色体の片方は母親の卵子から、もう一方は父親の精子から受け継いだもので、卵子や精子の受精後に23対となります。

BHD症候群は常染色体優性遺伝の病気で、原因のFLCN遺伝子は第17染色体上にあります。BHD症候群の患者さんの体の細胞は、「変異のあるFLCN遺伝子を含む第17染色体」と「正常なFLCN遺伝子を含む第17染色体」、を一つずつ持っています。一方、患者さんの精子(あるいは卵子)は、細胞分裂の仕組みにより「変異のあるFLCN遺伝子を含む第17染色体」を持つ精子(あるいは卵子)と「正常なFLCN遺伝子を含む第17染色体」を持つ精子(あるいは卵子)の2種類ができます。受精の際には、どちらの精子(あるいは卵子)が受精するか、確率1/2(50%)です。お子さんが生まれる度に、BHD症候群が遺伝する確率は確率1/2(50%)です。ですから、2人のお子さん(例えば、兄弟)が生まれた場合、2人ともBHD症候群になる確率は1/2を2回掛け合わせた1/4(25%)、同様に2人ともBHD症候群ではない確率も1/2を2回掛け合わせた1/4(25%)、2人のどちらか一方に遺伝する(例えば、兄がBHD症候群、あるいは弟がBHD症候群)確率は1/2(50%)です。

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