解説詳細
自然気胸
若年者気胸
はじめに
最初に専門用語を理解しましょう。 健康や病気のことを理解する上で医学的な専門用語の意味を知ると、遥かに病気や治療の本質は何か、自分にとって重要な情報は何か、などを仕分けできます。まずは気胸や肺のう胞に関する基本的な用語について解説したいと思います。
気胸
気胸とは、何らかの原因で肺に穴があいて胸腔と呼ばれる空間に空気がたまった状態をあらわす言葉です。したがって、その原因には胸部外傷、肺がん、肺結核、肺気腫、気管支喘息、間質性肺炎、肺炎、などさまざまなものがあります。すべての肺の疾患は肺組織を壊す可能性があります。その結果、気胸になる可能性があります。
胸腔と胸膜
胸膜とは、胸腔と呼ばれる胸の空間を裏打ちするように存在する膜のことを意味します。胸膜には、肺の表面を覆う臓側胸膜と胸壁側を覆う壁側胸膜があります。
のう胞、肺のう胞、ブラ、ブレブ
これらは肺内に発生する空気の入った限られた空間を意味する言葉ですが、厳密には医学的に違いがあります。しかし、一般的な健康書を理解する上では同じ意味のものとして差し支えないと考えます。肺の表面あるいは肺の内部に出来る空気の塊となって存在します。肺の表面にあると、それが破れて気胸になります。
典型的な写真を見てみましょう。写真1がのう胞です。肺の表面に突出した膜のうすい袋状のものです。形は必ずしも丸くなく多角形です。奥に小さな突出していないものも見ることが出来ます。このような肺のう胞が多数集まってのう胞が目立つ状態になった状態を肺のう胞症と呼びます。
肺気腫、慢性閉塞性肺疾患、COPD
これらの言葉も厳密には明確な違いがありますが、一般的に理解するには同じものと考えて差し支えないと思います。
肺気腫は、厳密には壊れた肺組織の状態を表す病理学的言葉ですが、慣用的に病名としても用いられてきています。肺全体に小さいのう胞から大きなのう胞まで、様々な大きさののう胞が存在している状態を表します。肺気腫は肺のう胞が進んだ状態と理解してよいと思います。慢性閉塞性肺疾患は英語ではchronic obstructive pulmonary diseaseと呼ばれ、COPDはその英語表記の略語です。長年の喫煙により、気道や肺組織に炎症が起こり、気道は息を吐くときに閉塞しやすい状態になります。肺組織は壊れてのう胞化または気腫化しています。病名として肺気腫をという言葉を用いている場合は、慢性閉塞性肺疾患(COPD)ことをさしていると考えて差し支えありません。
難治性気胸
難治性気胸には2種類あります。ひとつは連続的に空気が漏れ続けていて治療を試みても閉鎖しない状態です。もうひとつは、気胸の治療をしてもくりかえし再発をおこしてしまう状態です。
原発性気胸と続発性気胸
原発性とは、原因が不明で起こる気胸を意味します。しかし、現在ではブラまたはブレブが原因であることが分かっています。したがって、厳密にはこの分類はないと考えて良いですが、習慣としてブラまたブレブで起こる若い人の気胸を原発性気胸と呼んでいます。いずれこの呼び方はなくなると考えています。続発性気胸とは、気胸を起こす基礎となる疾患が存在する場合です。肺気腫、肺がん、間質性肺炎、気管支喘、リンパ脈管筋腫症、Birt-Hogg-Dubé症候群、胸部外傷などが原因となる場合です。
これらの用語が理解できたところで本論に入ります。
若年者気胸の特徴
若年者気胸では続発性気胸は少なく、ほとんどが原発性気胸です。原発性とは原因不明という意味ですが、現在では原因は明らかとなりブラ・ブレブで起る気胸を意味します。ここでは総称としてブラと呼ぶことにします。図1は若年者の左気胸のX線写真です。胸腔鏡で観察すると右のように肺尖部などにブラを見つけることが出来ます。
若年者気胸とは15-25才ぐらいまでの気胸患者を指します。専門家の間でも明確な年齢の定義はありません。私どもの施設では14才以下を小児気胸として別に扱っています。体の成長過程とブラの発生過程を考慮に入れて、扱いが異なってくるからです。
ブラは12才頃より体の成長に合わせて数も大きさも増加してきます。おそらくは体の発育と胸郭・肺の発育とのバランスがくずれブラが発生するからです。したがって体格的には身長が高くやせ型の体型の人にブラが多く見られ気胸にもなりやすいと言えます。
若年者気胸の男女比は7-10対1の割合で男性に多いのですが、なぜ男性に多いかは判っていません。女性気胸の場合、LAMや月経随伴性気胸のような女性特有の疾患が隠されていることが多いので注意をしましょう。私たちは女性気胸と男性気胸は多くの点で違いがあることを痛感しています。この病気の性差はひとつの大きな研究テーマとしても良いぐらい大きな問題です。
ブラが何故破れるかは判っていません。しかし、ブラが破れる時の患者さんの状況について調べてみると、気胸が起こる時の気候変動、慢性的な疲労状態、精神的ストレス、肉体的ストレス、睡眠不足などが増した時に破れています。また、極度の緊張感や不安感の強い状況の時にも破れています。管楽器の演奏時、気圧の変動するような環境なども影響します。医学書に出ているような高い所から飛び降りた時や咳をした時に起りやすいと言うことは希です。すなわち、学生の場合、圧倒的に試験前や試験中に起りやすく、睡眠不足状態の時に起っています。連日のクラブ活動による疲労なども原因になっています。社会人の場合、連日の残業、深夜の勤務、転勤などによる環境の不適応、などが原因で起っていることも事実です。精神的ストレスを明確に診断することは難しいですが、心的影響により気胸が起ることも多いものです。
気胸の外来治療
以前、胸腔ドレナージは入院して行なうのが一般的でしたが、現在では外来通院で行なわれることが多くなりました。いくつかの携帯型胸腔ドレナージキットが販売されています。代表としてthoracic eggを紹介しましょう。7Frドレナージチューブと35mlの容器と2個の一方弁が付いた構成で作られ、排気を効率的に出来る装置です(図3)。取り付け位置も脇の下で痛みも少なく、隠れてしまい適切な位置となります(図4)。これにより入院せずに済み、通学・通勤なども可能となりました。しかし、気胸の高度な場合、血気胸、一週間以上にわたって気胸になっていた場合、再膨張性肺水腫の恐れのある場合、などは入院ドレナージが必要です。外来通院治療にする場合は毎日医師が診察するわけではないので患者さんに家でのドレナージキットの取り扱い方を十分に説明することが大切になってきます。
胸腔鏡手術
胸腔鏡手術の目的は二つあります。すなわち、現在気胸になっている原因を取り除くこと、そして、将来の気胸再発を予防するということです。
1)自動縫合器によるブラ切除
大きなブラを切除するときに使用します。およそ直径3cm以上の大きな組織を切離する時が対象となりますが、肺の組織の厚みによって縫合器を使い分ける、切除する範囲によってカートリッジを使い分けるなどの工夫をする必要があります。肺気腫や肺線維症のような病的な肺では切離後空気の漏れや損傷があるので使えないこともあります。その場合は胸腔鏡下で手縫い手術をしたり、電気で焼いたり、loopingといって結んだりします。
2)ルーピング術
1cm前後のブラが単独で存在する場合に使用します(図7)。あるいは、小さなブラが集まっているような場合も有効です。肺組織にとってはやさしい治療法で、ブラを縛るだけでなく、出血を止める、切離部の両端を縛るなどの処置に便利な方法です。
3)ボール電極による凝固術
5mm以下の小さいブラ、炭粉沈着にそった気腫性の病変、底の浅い気腫性病変、などを電気凝固する方法です(図8)。凝固が強いと気胸を起こすこともあるので、凝固する場合には注意が必要です。白色に変化したぐらいがちょうど良い凝固具合ですが、凝固が強い場合は術後に空気漏れが生じてしまう恐れがあります。ブラを焼くときは、周辺から行ない直接ブラ膜を焼かないようにするのがポイントです。この方法は昔からあります。中心になる治療法ではないですが、ちょっとした病変を治療するときは非常に役立ちます。
4)hand suturing術
手縫いによる縫合は、肺を損傷した時、自動縫合器が使用できない時、出血を止める時、などと用途は広く、この方法を習得しておかないと安全で確実な胸腔鏡手術は出来ません。Hand suturingが上達すると胸腔鏡手術も自信を持って行なうことができ、どんな状況でも開胸手術に移行しないで行なえるようになります。この方法が十分に出来るかどうかが胸腔鏡手術の巧みさの目安になります。
5)covering術
胸腔鏡手術では自動縫合器を使って切除することが多いのですが、これだけで手術をすべて行うことは無理なのです。術後の再発を防ぐための補助的手段を考えてゆく必要があります。
胸腔鏡手術後再発を防止する方法として、いくつかの方法があります。胸壁胸膜剥離術、胸壁胸膜擦過術、癒着剤の散布など。しかし、いずれも成績は良くありません。そこで考えついたのがcovering術です(図9)。私どもは、covering法を「吸収性メッシュとフィブリンのりで切離部周辺を被覆し肥厚させて、ブラの新生や見落としがあっても再発を防止する付加的治療で、空気漏れがある場合にも有効である。胸壁と癒着させるためではない」と定義しました。気胸の原因は胸膜や胸膜付近の末梢気道にあり、癒着療法のように胸壁にその治療対象を求めるのは方向性として不適切であると考えています。やはり、臓側胸膜にその解決法を求め、将来のことを考慮し癒着をさせないことが重要です。
癒着をさせない治療とは判りにくい概念ですが根拠を以下に列挙してみました。
- 肺の疾患なのに治療を胸壁に求めている。
- 低肺機能をさらに低下させる。特に低肺機能の患者さんには大きな問題となる。
- 癒着が不十分な場合が多く再発が多い。さらに、再発した場合には再手術が困難になる。
- 胸膜癒着剤の効果に個人差がある。
- 癒着剤で保険適応のあるものはない。
- 心臓や食道の手術が困難になる。
- 昔からの考え方である「再発すれば癒着させてしまう」という治療は極端な考え方です。現在は、その中間的な治療法が開発されています。
- 新しい時代のQOLを重視した考えが必要で、最近は癒着を希望しない患者が増えている。
Covering術は、その材質を選べば臓側胸膜を肥厚させ補強出来ます。さらに、胸壁とも癒着がほとんどありません(図9中央。左)。こうした考えに基づいて治療するのが今後の方向性だと考えます。
ブラの新生
開胸手術時代にはなかった概念で、胸腔鏡手術が登場してから問題になったものに「ブラ新生」があります。胸腔鏡手術において自動縫合器を使ってブラの部分を切除した場合、術後早期に気胸再発が起こることがあります。術後3ヶ月以内の再発が45%。6ヶ月以内の再発が81%と、ほとんどがこの期間内に起る現象です。
気胸治療には厄介な問題として注目されています。手術が契機となり切除した周辺に急激にブラが新生して、気胸が再発する原因となります。ブラの不十分な切除か、または切除近傍で再びcheck valve現象が起り脆弱な胸膜領域に発生したと考えられます。ブラを見落していると最初は考えていましたが、現在ではこの説が有力です。図10では切離したすぐ隣にブラが多数新生しているのが判ります。
術後再発率が高いグループを検討してみると、15才以下の若年者気胸、女性気胸、男性の原発性気胸、の各疾患群の中で手術をしても再発を繰り返す特異的なグループがあります。今後は、こうした症例について研究してゆくことが再発防止の方向性です。ブラ新生は、再発のメカニズム研究をするのに良い契機となります。
おわりに
私たちは気胸の診断・治療にあたり、次の点に注意しています。
気胸患者さんは、「病院や医師により説明が異なり、どれを信じて良いか判らない」、「ドレーンを入れる場所も痛みも医師によって様々である」、などと医師に対して不安を抱えて来院することが多いのです。気胸学について医師はまとまって勉強する機会はなく、自己判断による治療法を説明していることが多いからだと思います。また、最近はガイドラインが多くの疾患で発表されています。しかし、気胸はガイドラインを作ることが難しい疾患でもあり、気胸関連学会でも治療指針を作成できず苦労しているのが現状です。患者さんには気胸治療の基本的考え方を知っていただきたい。
気胸を治療する場合、「ブラを切除すれば治る」、という考えでは不十分です。私たちは、気胸の治療は次の4つの不安を解決することだと考えています。すなわち、
- 症状に対する不安
- 健側肺に対する不安
- 治療効果に対する不安
- 手術に対する不安
気胸患者さんは以上の四つの不安を訴えてきます。これに対して適切な助言を行い、診断および治療法を選択することが我々のなすべきことと考えています。
今まで述べてきたことは、患者さんの病院体験からすると、自分を担当してくれた医師の説明と違うかもしれません。あるいは、解説の内容が難解かもしれません。やさしく気胸の話をしている解説書はたくさんあります。でも、それはごく一般的な話で、患者さん個人の問題からはむしろかけ離れて内容に乏しい説明になっています。初歩的解説は他にゆずり、ここでは少し深く掘り下げました。ひとことで気胸と言っても、患者さんそれぞれに状態が異なります。あとは診察したうえで、それぞれの患者さんごとに各論となる説明を受けるのが賢明だと考えます。