解説詳細
どのようなLAM患者さんがシロリムスを内服したらよいでしょうか?
シロリムスって、どのような薬ですか?
シロリムス(商品名ラパリムス)は、1975年にイースター島の土壌から発見された放線菌の一種であるstreptomyces hygroscopicsによって産生されるマクロライド系化合物として発見されました。シロリムスは免疫抑制作用が認められたため、腎臓移植の際の臓器拒絶反応を抑えるための免疫抑制薬として、10年以上前から欧米では実際の医療に使用されてきています。作用機序としては、増殖や栄養に関する細胞外からの情報が集約して細胞の働きを調節しているmTOR(エム・トール、と読みます)という蛋白質の働きを抑えることがわかりました。そのため、mTOR阻害薬、とも呼ばれています。LAM細胞では、TSC遺伝子異常によりmTORが過剰に活性化されているため、シロリムスがLAMに対する治療薬となると考えられるようになしました。LAMの病気の根本原因に迫る治療、と言えます。
LAM患者に投与すると、どのような効果がありますか?
シロリムスのLAMに対する有効性や安全性はMILES試験(Multicenter International LAM Efficacy of Sirolimus Trial)で証明されました。LAM患者さんでは経年的に肺機能(例えば1秒量 = FEV1)が低下しますが、シロリムスを内服すると肺機能の低下が抑制されて安定化することがわかりました。また、患者さんの生活の質(QOL、キュー・オー・エルと読みます)も改善しました。ただ、残念なことに、シロリムスの内服を中止すると、再び肺機能の低下が始まることもわかりました。つまり、シロリムスを内服してもLAMを治癒させることはできない、LAM細胞の増殖や活動を止める事は出来てもLAM細胞を根絶はできないようだ、ということです。LAMをコントロールするためにはシロリムスを内服し続けることが必要なのです。
日本人のLAM患者さんに対するシロリムスの安全性は、MLSTS試験(Multicenter Lymphangioleiomyomatosis Sirolimus Trial for Safety)で明らかになりました。63名の日本人LAM患者さんが参加し、2年間シロリムスを内服した際の安全性が評価されました。口内炎、皮疹、感冒や気管支炎などの感染症、頭痛、下痢や上腹部痛などの胃腸障害、不規則月経、痛み、薬剤性肺障害などの副作用が認められました。副作用の多くは軽いもので内服を継続できる場合が多かったですが、一時的な内服の中断、減量、などが必要な場合もありました。効果はMILES試験と同様に、日本人LAM患者さんでもLAMの進行が抑制されることが証明されました。
シロリムスの1日の内服量は何mgですか?
MILES試験もMLSTS試験も、シロリムスの血中トラフ濃度(もっとも血中濃度が低くなる時のシロリムスの濃度で、シロリムスを内服する直前に採血して測定します)が5 ~ 15 ng/mlとなるように内服量が調節されました。その結果、概ね2 mgが投与されていました。そのため、シロリムスの添付文書の用法・用量には、「通常、成人にはシロリムスとして2 mgを1日1回経口投与する。なお、患者の状態により適宜増減するが、1日1回4 mgを超えないこと」、と記載されています。
シロリムスによる望ましい効果と望ましくない効果(副作用)のバランスを考慮した場合、投与量を1mg/日、とした方が良い患者さんもいます。投与量が少なければ、一般に副作用の頻度は少なく、その程度も軽くなります。通常、1mg/日では血中トラフ濃度が5 ng/mlを超えることはありませんが、多くの患者さんで肺機能の低下が抑制され、乳び胸水や腹水の管理もできることを順天堂医院のLAM患者さんでは経験しています。「2mg/日の内服を継続するには副作用の点でむずかしい」、と感じている患者さんでは、内服を諦めるのではなく、1mg/日に減らして内服し続けることを試してみて下さい。副作用が軽減されて内服が続けられるなら、それでも十分な効果が期待できると思います。
副作用や服薬中に注意することには、どのようなことがありますか?
胎児への安全性は証明されていないので、シロリムスの内服中は妊娠が出来ません。内服中は避妊が必要です。
シロリムスは傷の治りを遅らせます。3針以上の縫合を必要とするような創傷が生じることが予想される場合には、あらかじめ内服を中止して望む必要があります。例えば、シロリムスを内服している患者さんが肺移植を受ける際には、手術の1~3ヶ月前から内服を中止するべきとされています。実際の中止期間は肺移植施設によっても若干異なっているので、肺移植を予定している患者さんは、あらかじめ登録施設に確認して下さい。
抜歯の時にはどうしたらよい?
担当の歯科医に相談することが必要ですが、目安として抜歯予定日の前後2週間くらいを中止すればよいかもしれません。
シロリムス内服中に調理中に包丁で指先を切った、骨折した、などに場合の服用は?
念のため内服を中止し、十分な創傷治癒が得られたら内服を再開してはどうでしょうか? 概ね4週間くらいの休薬の後に再開できると思います。
ちなみに、シロリムスは内服を中止しても、体内からすぐには消失しません。ですから、中止するとすぐにシロリムスの効果がなくなるわけではありません。10人の日本人LAM患者さんで得られた結果ですが、シロリムスを内服後に血液中の薬物濃度が最大値に達する時間tmax(平均 ± SD)は、2.75 ± 0.73 時間 (範囲;2 ~ 3.88時間)、血液中の濃度が1/2に減少するまでの時間(半減期、t1/2)(平均 ± SD)は47.7 ± 41時間(範囲;15 ~ 127時間)でした。
どのようなLAM患者が内服するとよいでしょうか?
2016年9月に、米国胸部疾患学会と日本呼吸器学会は合同でLAMの診療ガイドラインを発表しました。その中で、「LAM患者はシロリムスで治療した方がよいか?」という問いに対して、2つの推奨が述べられています。
一つ目の推奨は、「異常な肺機能、あるいは肺機能が低下し続けているLAM患者には、経過観察するよりmTOR阻害薬を投与することを推奨する」(中等度エビデンスの質に基づく強い推奨)、とされています。ここで言う「異常な肺機能」とは、1秒量(FEV1)の対予測値に対する割合が70%未満(年齢、性別、身長が同じ日本人の予測値に対し、患者さんの実測値が70%未満)、を意味しています。また、注意点として、「シロリムス治療のゴールは肺機能を安定化し、日常生活での機能的な活動性を改善し、ひいては全体のQOLを改善することである」、と記載されています。
この推奨を右図のLAM患者の自然史に当てはめてみて、どのようなLAM患者さんがシロリムスを内服したらよいか考えてみましょう。CやDの患者さんはシロリムスによる望ましい効果と望ましくない効果のバランスを考えてみると、必ずしも内服する必要がないかもしれません。閉経後は肺機能の低下はゆっくりとなる、年齢相応のQOLも保たれている、加齢と共に体力や抵抗力も衰えてくる、等を考慮すると、内服にともなう好ましくない効果の方が大きく受け止められるかもしれません。担当医とよく相談して内服するかどうか、決める事が良いと思います。一方、AやBの患者さんでは、肺機能が低下して、閉経する前にかなりつらい状況になってしまうことが予想されます。このような経過をたどることが予測される患者さんは、FEV1が対予測値の70%近くなったらシロリムスを開始したほうがよいでしょう。あるいは、70%以上でも測定のたびにFEV1が低下し続けているのであれば、シロリムスを開始したほうがよいでしょう。大まかに言って、胸部CTで嚢胞の多い方がAやBの患者さんのよう経過をたどることが予想されます。一方、嚢胞は少ないが気胸を繰り返しているような患者さんはCやDの患者さんのような経過が多いです。ただし、気胸発症の方の中には、経年的に検査していると嚢胞が着実に増えて肺機能が継続して低下し、Bの様な経過をたどる方がいますので、注意は必要です。さて、LAMと診断された時、あるいは現時点ですでに肺機能が著しく低下していて、例えば、対予測値の30%を切っているような方では、シロリムスの内服はメリットがあるでしょうか? LAMのエキスパート仲間の意見では、シロリムスによる望ましい効果よりも望ましくない効果(副作用によるQOLが低下するリスク、感染症のリスク、など)の方にバランスが傾いてしまいのでは、と危惧されています。この領域にいるLAM患者さんは、担当医とよく相談して内服するかどうか考えてみて下さい。
次に、2つ目の推奨は、「乳び液貯留のため自覚症状のあるLAM患者では、侵襲的治療を行う前にシロリムスによる治療を行うことを提案する」(低いエビデンスの質に基づく条件付き推奨)、とされています。乳び液貯留とは、乳び胸水と乳び腹水を含みます。侵襲的治療とは、必要に応じて経皮的に穿刺排液すること、ドレナージ器具を留置する、などを指しています。注意点として、「乳び液貯留はmTOR阻害薬に反応して効果が現われるには数ヶ月かかるかもしれない。また、中止すると再び貯留する」、と述べられています。
終わりに
シロリムスは、LAM患者さんの肺機能低下を抑制して安定化させるための、現時点で最も効果的な対策、と言えます。しかし、各々の患者さんによって、LAMの特徴、困っている症状、気になる副作用、身体機能、併存疾患、などが異なります。どんなに小さなことでも担当医に伝え、相談した上で服用について検討してください。