解説詳細
リンパ脈管筋腫症(LAM) ―若い女性の気胸、息切れにひそむ難病―
どのような病気?
リンパ脈管筋腫症(lymphangioleiomyomatosis : LAM)は、平滑筋細胞に類似した細胞(LAM細胞)が、肺、身体の中心リンパ系のリンパ節(主に後腹膜腔や骨盤腔内)、などで増殖する希な病気です。日本でのLAMの有病率は100万人あたり約1.2~2.3人と推測されています。ほぼ女性に限って発症し、妊娠可能な年齢の若い女性に発症します。30歳前後で病気に気づくことが多いのですが、閉経後の方に別の病気の検査中に偶然診断されることもあります。
LAM細胞が肺で増殖すると、肺組織の中に嚢胞(のうほう)と呼ばれる穴が空いてしまいます(次ページの図参照)。大きさは数mmから1cmくらいの大きさです。嚢胞は胸部CT検査(コンピューターを用いた断層撮影法)で明瞭に描出されるので、CT検査は診断にとても役立ちます。経過と共にLAM細胞はゆっくりと増殖し、肺の中の嚢胞は徐々に増えていきます。肺の表面近くにできた嚢胞が破裂すると気胸という病気を起こします。突然、胸が痛くなり、咳がでて、息苦しくなった時は気胸を疑う必要があります。LAMは女性の気胸の原因のひとつとして忘れてはならない病気です。嚢胞が多いため、LAMは気胸を何度も起こしやすいことが特徴です。また、頻度は非常に少ないですが、両側同時に気胸を起こし、生命を脅かす緊急事態になる場合もあります。嚢胞が少ない頃は、気胸を起こさない限り、自覚症状はほとんどありません。しかし、嚢胞がある程度増えてくると肺機能が低下し、特に、吸入した空気中の酸素を血液に輸送する肺機能の指標である拡散能は、LAMの比較的早期でも低下しています。そのため、運動や階段の上り下りの時などに息切れを感じるようになります。このような労作時の息切れは、あまり病気の症状としては意識されにくく、「運動不足だから・・・、」のように考えて放置されがちです。労作時の息切れが1年くらい続き、程度もひどくなってくると、「病気かしら・・・?」と意識され、病院を受診することが多いようです。
気胸や労作時の息切れは最も多い自覚症状で、病院を受診する契機になります。しかし、LAMの症状はとても多彩で、診断に苦慮する場合もあります。例えば、血痰が出て心配になって病院にくる、健康診断でレントゲンに異常がある(例えば、胸水、嚢胞など)、お腹に水がたまっている、婦人科健診でお腹や骨盤のなかに腫瘍がある(リンパ節のLAM)と指摘された、などがあります。LAMの20〜30%の方には腎血管筋脂肪腫(腎AML)を合併する方があり、これに伴う血尿、腰背部痛などがきっかけで病院を受診し、LAMがあることを診断される場合もあります。LAMに特有の症状として、乳糜胸水、乳糜腹水、太腿のリンパ浮腫、などのリンパ系の機能障害に基づく症状で発症する方、あるいはLAM診断後の経過中に合併する方がいます。乳糜は、食餌中の脂肪分が小腸から吸収されて身体の中心を流れるリンパ流に注ぐために、ミルク様の色のついた混濁した液です。LAM細胞が増殖するところではリンパ管がとても増えていることが原因と考えられています。リンパの流れがとどこおり、胸腔内で破綻すれば乳糜胸水、腹腔の中で破綻すれば乳糜腹水になると考えられます。時に、胸水と腹水を一緒に認める方もいます。乳糜は、痰となって肺から出てくる(乳糜喀痰)、尿に混ざる(乳糜尿)、また、膣から漏れるような場合もあります。太腿のリンパ浮腫は、リンパの流れがとどこおっていると生じます。時に皮膚の色調がピンク色のなって腫れる場合もあります。
以上のように、肺、身体の中心リンパ系のリンパ節(主に後腹膜腔や骨盤腔)に病気が起こりますが、肺がどのくらいLAM細胞の増殖により障害を受けているのか、が最も気になるところです。肺の病気が重視されるので、肺リンパ脈管筋腫症、とも言われます。
この病気の原因は?
LAMは単独で発生する場合(孤発性LAM;sporadic LAM)と、結節性硬化症という遺伝病に伴って発生する場合(結節性硬化症に合併したLAM;TSC-LAM)の2種類があります。結節性硬化症は、TSC1 あるいはTSC2 という細胞増殖を抑制する遺伝子のどちらか一方に生まれつき異常があるため生じる病気です。LAM細胞は、TSC1あるいはTSC2 のどちらか一方の遺伝子が完全に機能不全になったため腫瘍化した細胞と考えられています。そのため、LAMは「ゆっくりと慢性に進行する腫瘍性疾患」とも言えます。TSC-LAMではTSC1あるいはTSC2のどちらの異常でも起こりますが、孤発性LAMでは主にTSC2 の異常によると考えられています。孤発性LAMは、遺伝する病気ではありません。結節性硬化症は常染色体優性遺伝の病気であるため、子供に1/2の確率で遺伝します。結節性硬化症の患者さんは、脳、皮膚、心臓、肺、腎臓、などの様々な場所に病気が起こりますが、生じる病気の組み合わせは様々です。また、結節性硬化症の方でも皆がLAMを発症するわけではありません。
LAMはどのような経過をたどるのですか?
厚生労働省の「呼吸不全に関する調査研究班」が行った日本人LAMの全国調査では、世界に先駆けてとても大切なLAMの特徴が明らかになりました。気胸がきっかけでLAMと診断された方は、診断時の肺機能は良好で予後がよい、一方、息切れを契機に病院を受診してLAMと診断された方は、肺機能障害も重く、予後が悪い、という結果です。もちろん、必ずしも当てはまらない方もありますが、LAMの進行がとてもゆっくりで、何も治療しなくてもあまり進行しない軽症の方がいる一方で、息切れを契機に受診してLAMと診断された時にはすでに重症の肺機能障害になっている方もいるのです。
多くのLAM患者さんの肺機能の推移をみると、おおむね、右図のようになります。横軸は年齢、縦軸は年齢標準値に対する肺機能実測値の割合、です。A~Dは異なる4人のLAM患者さんです。4人の患者さんで共通する特徴は、①肺機能障害の軽い頃は肺機能の低下速度は比較的ゆっくり、その後は速く低下する時期があり、かなり肺機能が低下してしまうとその後の減り方もゆっくりになる、②閉経後は、低下速度は閉経前よりゆっくりになる、という2点です。異なる点は、肺機能障害の進行する速度です。AからDの患者さんになるにつれてゆっくりになっています。肺機能障害の重症度の目安として、軽症(80%以上)、中等症(50~80%)、重症(30~50%)、最重症(30%未満)と思って下さい。CやDの患者さんは積極的に治療しなくても年齢相応の活動度は維持できそうです。一方、Aの患者さんは積極的にできる治療介入して、少しでもB、BよりはC、さらにCよりはDへ、のような経過にすることをめざしたいものです。大まかに言って、Aは息切れを契機にLAMが診断されるタイプ、CやDは気胸を契機に診断されるタイプ、Bはどちらのタイプでもあり得るパターンだと感じています。
この病気の治療は?
残念ですが、LAMを治癒させる治療法はありません。そのため、難病と言われています。しかし、2014年12月から、シロリムス(商品名ラパリムス)がLAMの治療薬として保険適応となり、多くのLAM患者さんに福音をもたらしています。シロリムスは、mTOR(エム・トール、と読みます)阻害薬に分類され、LAM細胞で異常に活性化しているmTORC1(エム・トーク・ワン、と読みます)という蛋白質の集合体の機能を抑制します。LAM細胞が腫瘍化して病気を起こす主因と考えられているのがmTORの過剰な働きですので、病気の根本原因に迫る治療です。ただ、残念なのは、LAM細胞の増殖や活動を止める事は出来ても、LAM細胞を根絶はできないようです。シロリムの内服中は、肺機能障害は進行せずに安定していますが、内服を中止すると肺機能障害が再び進行し始めるからです。乳び胸水や腹水も内服中は消失しますが、中止すると一定期間後には再び乳びの漏れが始まります。そのため治療効果を維持するには、ずっと内服し続けることが必要です。もう一つの残念な点は副作用です。シロリムスを内服し始めると、口内炎、ニキビ様の発疹、かぜに罹患しやすくなる、軟便や胃部不快感などの胃腸症状、などの副作用を経験する人が多いです。特に口内炎や皮疹は80%前後の方にみられます。また、内服し続けると、頭痛、倦怠感、生理が不規則になる、気管支炎や肺炎に罹患、血圧が高くなる、血液中のコレステロールや中性脂肪が高くなる、糖尿病になる、節々の痛み、下肢のリンパ浮腫、などが見受けられます。しかし、ほとんどの副作用はシロリムスの内服をあきらめねばならないほどではありません。内服して6ヶ月を過ぎると副作用の頻度や程度も軽くなってくることがわかっています。あまりに副作用を怖がって、シロリムスの内服によって得られる良い効果に目を向けなくなってしまうことがないよう注意して下さい。LAMに対するシロリムス治療は、別項目で詳しく説明しますので、そちらもご参照下さい。
LAMはほぼ女性に限って、しかも女性ホルモンがたくさん分泌される時期の妊娠可能年齢の女性に発症するため、経験的に女性ホルモン(エストロゲン)を閉経レベルまで低下させる治療が行われてきました。実際、閉経後のLAM患者さんは、閉経前のLAM患者さんより肺機能の低下速度が遅いことがわかっています。性腺刺激ホルモン誘導体(GnRH)という薬剤を4週間毎に皮下注射することにより、閉経レベルの女性ホルモン値に保つことができます。GnRH療法と呼ばれますが、エストロゲンが低下して生理が止まりますので、偽閉経療法とも呼ばれます。研究者によって評価は異なりますが、肺機能の低下スピードがゆっくりとなったり、横ばいになったりする方が30〜40%程度みられます。乳糜の漏れがある場合には、脂肪制限食などの食事指導、日常生活の活動度と乳糜の漏れ具合との関連性を理解した生活の工夫、利尿剤の内服、などと組み合わせると、乳糜腹水はなくなりはしませんが、なんとか我慢できる範囲内で落ち着きます。GnRH療法は、シロリムス治療が実用化されるまでは重症のLAM患者さんには病勢をゆっくりにしたり乳びの漏れを管理するには必要な治療でした。しかし、シロリムス治療が登場した後は、その治療効果の大きさからシロリムスによる治療を第一に考える事が推奨されています。シロリムスの効果が乏しかったり、何らかの理由でシロリムスの内服が困難であったりする場合には、シロリムスとの併用で、あるいはシロリムスの代わりにGnRH療法を考慮する、などの用い方が今後は役割であろうと考えられます。
気胸になった時には呼吸器外科医の治療が必要です。やせ形で長身の方に起こる、いわゆる特発性自然気胸、の治療とは異なり、LAMの気胸治療には工夫が必要です。何度も再発しやすいからです。手術の時に肺と胸壁を癒着させて気胸の再発を予防する工夫があります。しかし、癒着療法は肺が膨らみづらくなる、その後に肺の手術が必要になったときに手術操作が難しくなる、等の問題が起こります。できれば癒着させずに気胸の再発を予防できることが望ましい治療です。そのような治療法として、日産玉川病院気胸センターの栗原正利医師(気胸・肺のう胞スタディグループのメンバーの一人です)が開発した、「全肺胸膜被覆術、あるいはカバリング術」、と呼ばれる方法があります。嚢胞で破れやすくなった肺の表面を補強して再発を防止しようとする取り組みです。気胸は肺の表面が弱くて破れやすいことが原因ですから、理にかなったアプローチであり、癒着をさせずにすむ点で優れています。将来、肺移植が必要になる場合もあるので、必要のない癒着術は避けたいものです。最近、43人のLAM患者さんにカバリング術を行った成績を論文として発表しました。11人は両側のカバリング術をしています。手術前後での気胸頻度を比較して見ると、カバリング術後は明らかに気胸を発症する頻度は減少しました。また、手術後に気胸を再発しないでいる確率は2.5年後で80.8%、5年後で71.7%、7.5年後で71.7%、9年後で61.4%、と良好でした。
肺がたくさんの嚢胞で占められるようになると肺機能が低下し、息を吐きづらくなります。呼吸機能検査で閉塞性換気障害が顕著になった頃には、気管支拡張剤の吸入が必要になります。気管支をできるだけ広げて呼吸による空気の出入りをより円滑にすることで、労作時の息切れが軽くなります。肺機能の障害が強くなると、酸素吸入も必要になってきます。酸素吸入が必要となる頃は、肺移植登録申請を考える時期でもあります。日本では肺移植を受けた方の約40%がLAMの患者さんで、肺移植を必要とする病気の第1位にランクされています。
LAMのこれから -期待される新しい治療法と研究開発-
世界中にLAMを熱心に研究している研究者がいます。私達、気胸・肺のう胞スタディグループもそのひとつで、米国シンシナティで開催されるLAM international meeting (通称、ランポジュウム;LAMposium) に毎年、参加して研究成果を発表すると共に最先端の知識を学ぶようにしています。世界各国に患者会があり、患者同士の情報交換、医師や研究者との交流も盛んになってきています。このような医師や患者の双方の努力により、LAMを取りまく状況は一変し、急速に病気の仕組みが明らかになりつつあります。LAMに対するシロリムスの有効性や安全性が証明されたのは、このような状況下でもたらされた成果です。現在では、シロリムスを基軸として、他の薬剤を併用してLAMに対する治療効果をより高めようとする研究がされています。シロリムスとは異なるメカニズムの薬剤の研究もされています。LAMは患者数の少ない稀な疾患で、重症な方もいる難病です。未解明の問題がたくさんあります。医師と患者が協力して取り組むことが、さらなる病気の解明への糸口となり、患者さんの未来を切り開くことにつながります。