解説詳細
Birt-Hogg-Dubé症候群
―気胸や肺嚢胞を起こす遺伝性の病気―
どのような病気?
Birt-Hogg-Dube症候群(BHDS)は当初、遺伝性皮膚症候群として遺伝性皮膚症候群として報告された病気です。1977年、カナダの皮膚科医Birt、病理医Hogg、内科医、Dubeらは、遺伝性甲状腺髄様癌の家系内に皮膚の過誤腫様病変も多発していること気づき、この家系4世代70人の皮膚所見について詳しく調べまた。その結果、25歳以降の成人37人中15人において、顔面・頚部・上半身優位に、毛孔一致した表平滑で光沢のない黄白色のドーム状小丘疹が多発していることがわかりました。病理組織検査の結果では、皮膚病変は毛包の良性過誤腫であり、線維毛包腫(fibrofolliculoma)、毛盤腫(trichodiscoma)、あるいは線維性軟疣(なんゆう)(acrochordon)と呼ばれる良性腫瘍でした。現在では、すべて同じものあると認識され、線維毛包腫として呼ばれます。家系内において、これらの皮膚病変の遺伝形式は常染色体優性であり、甲状腺髄様癌の遺伝形式とは明らかに異なっていたため、この家系で認められた遺伝性皮膚疾患を「Hereditary multiple fibrofolliculomas with trichodiscomas and acrochordons」と名づけて報告し、後に「Birt-Hogg-Dube症候群症候群」と呼ばれるようになりました。
以後、BHDSの家系が数多く報告されるにつれ、腎腫瘍、肺嚢胞や自然気胸、皮膚の脂肪腫・血管脂肪腫、副甲状腺腫瘍、大腸ポリープ・大腸癌、口腔内病変、眼病変、耳下腺腫瘍、甲状腺腫など、多彩な疾患の合併が報告されたため、様々な内臓疾患との関連性が注目されるようになりました。2001年に原因遺伝子が特定され、遺伝子検査により病気を診断できるようになったため、内臓疾患のリスクに関する大規模な検討(33家系・223人)が行われました。その結果、有意に罹患率が高くなる合併症は腎腫瘍(オッズ比6.9)と自然気胸(オッズ比50.3)であり、大腸ポリープ・大腸癌については非BHDSのグループと比較し差がありませんでした。また、遺伝子検査により診断された症例の83%に胸部CTで肺嚢胞が認められました。そのため、現在では、皮膚の線維毛包腫、腎腫瘍、肺嚢胞・自然気胸がBHDSの臨床的特徴と考えられていいます(図1から4)。
BHDSでは、皮膚、肺、腎臓に病気が発生することが特徴ですが、必ずしも全ての所見が同一個人に認められるわけではなく、様々な組み合わせがあることがわかってきました。また、線維毛包腫、腎腫瘍、自然気胸の好発年齢が少しずつ異なることもわかってきました。線維毛包腫は20歳以降、腎腫瘍は40歳以降に増加し、自然気胸は20~40歳の間に多く40歳以降には逆に少なくなります。肺嚢胞自体は症状がないため、気胸を発症しない限り肺嚢胞胞の存在は気づかれません。自然気胸は、もっとも若い方では7歳で発症したという報告があるため、肺嚢胞は皮膚や腎の病気よりももっと早い段階で発生している可能性があります。私達のグループでは、現在までに120家系以上のBHDSの患者さんを遺伝子検査により診断してきていますが、肺嚢胞や気胸だけしか認めない患者さんがたくさんいます。気胸の家族歴がある場合には、BHDSである可能性も考える必要があります。
原因遺伝子とその機能
2001年、BHDSの原因遺伝子として、第17染色体短腕(17p11.2)にあるfolliculin(FLCN)遺伝子が発見されました。ヒトは誰でも父親と母親から一つずつ同じ遺伝子を受け継ぎます。ですから、誰でも一対のFLCN遺伝子(父親と母親からそれぞれ一つずつ)を持っています。従って、BHDSの患者さんとBHDSではない配偶者のご夫婦からうまれる子供は、1/2の確率でBHDSになる可能性があります。常染色体優性遺伝といわれる遺伝形式です。FLCN遺伝子はフォリクリンfolliculinと呼ばれる579個のアミノ酸から成るタンパク質をつくります。フォリクリンは、皮膚と皮膚附属器、腎臓の遠位ネフロン、肺のII型肺胞上皮細胞や間質細胞など、全身諸臓器の細胞に発現していることが報告されています。
BHDSの患者さんでは、どちらか一方のFLCN遺伝子に生まれつき、遺伝子変異、と呼ばれる異常があります。遺伝子の一部が、挿入、欠失、一塩基置換、などにより変化し、その結果、正常なフォリクリンが作れなくなります。
FLCN遺伝子の機能はまだ十分にはわかっていませんが、腫瘍抑制遺伝子として細胞内で働いていると考えられています。細胞が増えたり、また増えすぎないように、必要に応じて絶妙に両者のバランスをコントロールする必要がありますが、腫瘍抑制遺伝子は細胞が増えすぎないようにブレーキをかける役割を担当しているものです。
FLCN遺伝子がつくるフォリクリン蛋白質は、複雑な細胞内シグナル伝達系の中で、細胞が増えすぎないよう調節しています。そのため、フォリクリンの機能が遺伝子変異により失われると、細胞が増殖しすぎで線維毛包腫や腎腫瘍が生じると考えられています。
BHDSの肺病変について
肺嚢胞・自然気胸は、BHDSの診断の契機となる重要な症候の一つです。欧米でのBHDSの89家系・198例における肺病変の大規模な検討によると、気胸の発症率は24%であり、胸部CTで89%(気胸発症者では全例)に肺嚢胞が認められています。気胸は男女差なく、成人以降から50歳までに多く発症し(中央値 38歳)、平均の気胸発症回数は2回だったと報告されています。
胸部CTでの肺嚢胞の特徴は、薄いが視覚的に確認可能で比較的スムーズな壁をもち、肺嚢胞の融合傾向はなく、肺実質内にも小さな嚢胞が認められるが、肺底部・胸膜直下に比較的大きな嚢胞がより多く存在する、といった特徴があります。私達のグループでは12例のBHDSの患者さんの胸部CTについて、肺嚢胞の進展度(肺野に占める嚢胞の体積の割合)、大きさ、形状、分布、を詳細に検討し、BHDSの患者さんの肺嚢胞の特徴を明らかにしました。肺嚢胞の進展度は、高くとも30%程度まででした。肺嚢胞の大きさには、長径1cm以下の小さなものから2cm以上の大きなものまで、様々なサイズの嚢胞が各症例において必ず混在しており、全体では肺嚢胞の長径は1 mm~68 mmとばらつきが非常に大きいことが分かりました。形状は類円形ではなく、不整形な肺嚢胞が76%程度と大半を占めていました。分布は、下肺野の縦隔側寄りに優位に分布しており、約40%の肺嚢胞は胸膜に接していました。また、肺嚢胞の多寡に関わらず、いずれの症例においても中枢側の比較的太い肺動脈もしくは肺静脈に接する肺嚢胞が認められることが特徴でした。12例の解析から得られた結果ですが、これらの特徴が大切であることがその後の診療でも確認されています。また、私たちの報告の後、他のグループからも同様の結果が報告されています。
BHDSの気胸は、20~40歳台の比較的若年の成人に多く発症することから、気胸の原因となる様々な病気との鑑別が必要になります。前述のような胸部CTでの肺嚢胞の特徴がとても鑑別には役立ちます。リンパ脈管筋腫症(LAM)、ランゲルハンス細胞組織球症(LCH)、特発性自然気胸、などと鑑別することが大切です。
肺嚢胞の成因は、まだ、よくわかっていません。肺嚢胞の病理学的特徴について私達のグループで検討したところ、肺のう胞は肺の小葉の辺縁に位置し、嚢胞壁は肺胞壁でできている、ほとんど炎症所見は認めない、などの特徴があることがわかりました。このような病理学的特徴は、肺気腫、ブラ・ブレブ、その他の嚢胞性変化と鑑別する際に非常に重要であり、また、肺嚢胞の成因を明らかにする上でも大切であると考えられます。
BHDSの診断
BHDSは、病歴と家族歴(特に気胸の家族歴)の問診、皮膚所見の診察、特徴的な胸部CT像、などを総合的に考えれば比較的想起しやすい病気と考えられます(図参照)。しかし、現時点ではその多くが見逃されていると思われるため、気胸の診療にあたる際にはBHDSの可能性も念頭に置いて、家族歴や胸部CTでの嚢胞の性状を評価することが必要です。
ヨーロッパBHDコンソーシアムから以下のような診断基準が提案されています。皮膚生検により病理組織学的にfibrofolliculoma線維毛包腫と診断することと、FLCN遺伝子検査の2つが重要であることが示されています。
BHDSの治療
1)肺病変の治療
肺嚢胞がたくさんできていても、BHD症候群の患者さんの肺機能は概ね正常です。従って、気胸を上手に治療すれば、肺機能の面では、一般的に言って、日常生活に困ることはありません。また、経過を追跡できている方では気胸が再発した方はいるものの、呼吸機能は良好であり、胸部CTでは肺嚢胞もほとんど変化が無いか、若干の数の増加あるいは大きさの増大を認めた程度でした。肺嚢胞は年々どんどん増えていく、ということではないようです。気胸は繰り返すことが多く、初回気胸であっても手術を含めた積極的な治療が必要になることが多いです。大切なのは、単なるリーク部の切除・修復だけではなく、再発予防策を含めた治療を考えることです。そのような場合、癒着を勧められる事が多いと思いますが、私たちのグループでは肺と胸壁を癒着させることなく気胸の再発を予防する治療として、胸腔鏡下下部胸膜カバーリング術(lower pleural covering術)、を行っています。BHDSでは、肺のう胞の存在する部位に偏りがあります。すなわち、下葉中心で縦隔側(心臓の周辺)、肺底部、葉間部に多発するのが特徴です。しかしながら、詳細に観てゆくと上葉にも小さな嚢胞が存在することが判っています。これらをすべて切除することは技術的にできません。また、それをすれば肺機能も低下してしまいます。最近では、下部胸膜カバーリング術だけでなく全胸膜カバーリング術(total pleural covering術)も行っています。最近の長期成績では、気胸再発もほとんど起こさなくなっています。これらは肺機能を保ちながら気胸を起こさないようにする方法であり、いずれこの疾患の標準的手術法になると考えており、積極的にこの方法を推奨しております。
2)皮膚病変の治療
BHDSにおける皮膚病変としては毛包由来の良性腫瘍である線維毛包腫(fibrofolliculoma)を主とし他に毛盤腫(trichodiscoma)、アクロコルドンがあります。いずれも悪性化することはなく、痛みや痒みもなく、基本的には経過観察です。しかし、数が多く、大きい場合には、美容上の観点から、患者さんには大きな精神的な負担になってしまいます。そのような場合には、切除が基本ですが、炭酸ガスレーザーやヤグレーザー、凍結療法などの治療があります。
3)腎腫瘍の治療
腎腫瘍では、良性腫瘍ばかりではなく悪性腫瘍も合併します。基本的には早期に発見し、手術で摘出することが必要です。手術可能な病期の腎癌の場合、技術的に可能であれば、癌組織のみを切除して正常腎組織を温存する手術nephron-sparing surgeryが適応になります。nephron-sparing surgeryはVon Hippel-Lindau病のような遺伝性腎癌の治療として発達した方法で、一般に腎癌組織の大きさが3 cm未満の場合に適応になります。BHDSに合併した腎癌でもnephron-sparing surgeryが推奨されているようですが、治療実績はまだ少ないのが実情です。今後、BHDSに合併する腎癌の特徴が明らかになるにつれ、分子標的薬が開発されることが期待されています。